本気か、冗談か
それ本気なん? 冗談なん? とすぐ悩んじゃうのどうにかせんとな、の話。
そりゃ夏はアイスだよな
カフェで涼んでいたら、近くのテーブルに、いかにも反社っぽいコワモテなおにいさんと、これまたいかにもソノオンナっぽいおねえさんがやってきた。この平和なサマーアフタヌーンを乱さなきゃいいなぁと思った矢先、その男は彼女をものすごい形相で睨みつけ「ざけんな、チッ!」と舌打ちをした。鬼のような顔して大げさに足を組み、何だか知らんがめっちゃ怒っているご様子。彼女の方は無言で視線を窓の外へ向けている。
いやいやいや頼むよ、ここで痴話喧嘩とか始めて店内の体感温度をヒートアップしてくれんなよ、と僕は思う。お店のスタッフもそんな迷惑さを感じていたのか、オーダーを取りにいくまで少し時間がかかったような気がする。
「ご注文はお決まりですか?」と若い女性スタッフが聞いた。男は殺人でも犯しそうなイキった瞳でギロリと女性スタッフを睨み上げた。そしてほんの少し間を空けて、「アイス」と低い声で言った。思いのほか小さな声だった。「はい、アイスコーヒーですね」若い女性スタッフは少し安堵したように言った。
その瞬間、男の表情が凍り付き、血の気が引いたのを、僕は見逃さなかった。ただ、それもほんの1秒のことだったろう。すぐに顔面に血の気が戻り、いや戻りすぎ、真っ赤な恐ろしい赤鬼の表情に一瞬で変貌し、数秒してから、男は怒りに震える声を嚙み潰すようにこう言った。
「ア・イ・ス・ミ・ル・ク・だ・よ」
地獄の底を這うような低音だった。アイスミルクだよの末尾の「よ」をさらに重低音にする、それはまるでやくざ独特の脅し文句口調だった。
ほんとのことを教えておくれよbyブルーハーツ
厨房に戻っていく女性スタッフの背中に、怖かったねぇ、がんばったね、と心でねぎらいの言葉を投げかけた後、何事にもすぐ悩んでしまう癖を持つ僕はついついまた考えてしまうのだった。
この男は本気でアイスミルクと言っとるんだろうか、と。
カフェでアイスとだけ言えば普通はアイスコーヒーじゃない? ティーやラテやオレやましてやミルクなら、それらはちゃんとフルネームで言うでしょ。違う? これもしかしたらこの男なりのジョークなんじゃないかと思ったりするんだよね。
いや、そりゃね、こんな鬼のように怒ってご機嫌ななめなときに冗談なんて普通は言えないと思うけどさ、こういうのが彼流のエンターテイメントかもしれない。怒ってることさえも実は前フリとしての演技だったんじゃね、いくらなんでも考えすぎかな。でもこれがジョークだとしたら(ジョークとして成立しているかは別として)彼は喜怒哀楽のどこからでも冗談を発信できるすごいヤツかもしれんよね。たぶん違うけど😁
迷宮入りにはせんでくれ
とにかく様子をみようと思った。アイスミルクがサーブされたらまた何か答えが出るだろう。「おまたせしました」スタッフがアイスミルクをテーブルに置いた。手の震えもない。さすがだ。素晴らしい。
男はスタッフを見ることもなく、視線をちらりとグラスへ送っただけだった。僕的には「おい、おい。アイスと言やぁ普通はコーヒーだろ」とか「おーい、アイスミルクティーだったのに、ティーが聞こえんかった? ティー」とか気持ちの悪い笑みでもポッと浮かべてくれたらちょっと嬉しかったんだけどなあ、さすがに、んなこたぁないか😊
アイスミルクが正解だということだ、と少し安堵して、僕はまた彼らが入店してくる前のようにノートパソコンの画面に目を向けた。10分も経っただろうか、彼らカップルが席を立った気配を感じて、僕は彼らの方へ目をやった。そして僕は途方に暮れた。そこには、
汗をかいたアイスミルクのグラスがまったく手つかずのまま残されていた。
何? 何よ? やっぱりあんたが望んだものはアイスミルクじゃなかったんじゃない?
彼が残したこの答えを僕はどう受け止めればいいのだろう。