さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

素敵なフォーム

素敵なフォーム

そうね、何事もフォームは大事ね、の話。

なるほど、そのボールですか

駅前に、夕方5時を知らせる音楽が流れた。梅雨明けから猛暑が続いている。夕方5時はまだまだ過酷な暑さだ。その男は日差しから逃れるように、駅ビルのわずかな庇の下に立っていた。スラックスにカッターシャツ、左手に鞄をさげている。アラフィフくらいか。下っ腹に若干のメタボ感、頭頂部の薄毛が目立つ。仕事関係の待ち合わせだろうか。ハンカチで軽く額を拭うと、腕時計に目をやった。

僕は向かいのマクドナルドから窓の外をみていた。その男はもうかれこれ15分以上そこに佇んでいた。暑いのにじっと立っているのは大変だろう、と思ったとき、男が動いた。

男は、左手の鞄を、いかにもおもむろにという雰囲気で地面に置いた。そして自身の胸の前で両手のひらで何かを包むような恰好をし、ゆったりと右手を後ろに引き、次にゆっくりと右手を前方へ差し出した。それは、あきらかにボーリングの投球フォームだった。

流れるような美しいフォームだった。親指を抜くような投げ方はフックボールを意識したのかもしれない。よく手持無沙汰になったおじさんたちが、ゴルフのスイングをしたり野球のピッチングフォームをするのをみかけるが、ボーリングをする人に出会ったのは初めてだった。でも考えてみれば人それぞれ好きなスポーツのフォームをふと確認したくなっても全然よいわけで、ちょっと目から鱗な感覚になった。

男はまた見えないボーリングボールを胸に掲げた。きっちりと両足先をそろえて立つ。右足をほんの少しだけ上げる。1歩、2歩、歩みと同時に右手を後ろに引いていく。心の中で3歩、4歩・・・ 右手を前方へ投げ出す。フィニッシュ! 右足はわずかに左後ろへ伸びていた。投げ終わった姿勢のまま彼は前方をしっかり見つめている。その先に10本のピンが見えているのだろう。ボールがフックなラインを描き、ピンへ向かっていく。男の目が細くなり、一瞬笑ったようにみえた。

「ストライクだったのだな」と僕は思った。

しかし、彼にガッツポーズはなかった。ガッツポーズを決めてこそボーリングのフォームは完成するのではないのか? フォーム確認練習にガッツポーズは含まれないと考えているのかもしれない。あるいは、彼の中では10番ピンあたりが残ってしまったのかもしれない。

「今のスコアは何本?」マクドナルドを飛び出して今すぐに聞きに行きたい衝動を、僕はカフェラテの氷と一緒に嚙み砕いた。