太っ腹な男と辛子レンコン
見た目は細め、頭脳は子供、心は半分太っ腹、な男のお話。
まあ僕は太っ腹だからさ、あっはっは
ガリッ！
歯に固いものが当たった。奥歯の詰め物が取れたかと思い、指をつっこんで取り出してみると、ガラスの破片だった💦
幸いなことに鋭利な断片ではなかったので、口腔内が傷ついた感覚はなかった。グラスの欠片のようにみえる。僕のビアジョッキに破損はない。おそらく厨房で、今僕のお口の中にある「辛子レンコン」に混入したものだろう。居酒屋のメニュー表では「熊本直送だよー。おいしいよ💓」と手書きのくまモンが笑っていた。
「わっ、大丈夫？」
僕の指先のガラス片をみてツレが驚いて言った。
こういっちゃ何だが僕はけっこう太っ腹な男である。こんなことで動じたりしない。あっはっは、一笑に付してそれで終わりだ。はい、もう忘れました。
と、思ったが、この事実を伝えておくことの方がお店にとっても良きことのような気がするので、店員さん呼び出しボタンを押した。
「これが入ってたんだけど」僕の指先でガラス片がキラリと輝く。
「ほんとですかぁ？」
まだ十代にもみえる若い女性店員は、半分驚いたふうに、半分訝し気なふうで、アヒル口で言った。うっすらと浮かべている笑顔はとてもかわいらしい。かわいいのは好ましいけれど、なんかちょっと思ってたリアクションと違う気がする。
ただ僕は太っ腹な男だ。こんなことで心を乱すことはない。店長さんや厨房の方々に今後気を付けるように伝えてね、と依頼して、はい、終了。
にするつもりが、そんなことでは、この女の子にも、お店側にも、そしてツレの気持ち的にも良きことではないと思い、「誰かお店の上の人を呼んでくれる？」とやさしく言った。
「大変申し訳ありませんでした」年上の男性店員は本当に申し訳なさそうな表情で頭をさげた。店長のようにはみえなかったけれどそんなことはどうでもよい。「お怪我はありませんでしたか？」と尋ねてくれた。
太っ腹な僕であるから、もちろん「幸いにして大丈夫だったよ」むしろ相手を安心させてあげる大人の余裕をみせてやった。
と、そうするはずだったが、つい「奥の方がちょっと切れちゃってるかもしれない」とちょっとした嘘をついた。だって、ちょっとくらいは気にかけてもらいたいし、心配してほしいから。。。
「辛子レンコンは作りなおさせていただきます」と店員。
太っ腹な僕は、たいして太っ腹ではないツレの不服そうな顔をみた。ツレの言いたいこともなんとなくわかるが、ここは一貫して太っ腹を通すべきだと考え、「ああ、ありがとう」と言って、男性店員を解放してあげた。
と、そうするつもりが、「もうソレほぼ食べちゃったし、レンコンじゃなくて他の料理に変えてくれない？」とセリフを変えた。だってもう飽きてるもん。それくらいはしてくれてもいいよな。そう思うだろ？ ツレよ。
「すみません、同じ料理しか対応できません」と真顔な店員さん。
「なら仕方ないね」太っ腹な僕は、右手を軽くあげて了解の意を示し、ニヒルに告げたのだった。
と、いつもならそうするのだが、「辛子レンコンと同額か、それより安い料理でもいいからさ。レンコンもう食べ飽きちゃったもん」なんてあまえてみた。本来お相撲さんのマワシくらいでっかい太っ腹の僕のはずが、なんだか今日は調子がおかしいけれど、でもねー、下手すりゃお口の中血だらけになってたかもしれないし、飲み込んで死んじゃったかもしれないわけでしょ。もし怪しい輩だったら、責任者出て来ーい、飲食代無料にせえー、とか騒ぎたてる案件でしょ。お店への注意喚起、正しい戒めとしても受け止めてほしかったんだな、きっと。
「できません」店員はきっぱりと言い切った。
僕は太っ腹な男だ。ここで僕も「じゃあ、辛子レンコンも、新しいのはもう大丈夫だよ。今後はこういうことないように気をつけてね」きっぱり言ってあげた。
ここは本当にそう言って、店員の後ろ姿もあたたかく見送った。太っ腹な男。ただし、その去り行く店員の背中へ向かって「絶対熊本のせいじゃなく、ここの厨房のミスだからな。今後まじで気ィ付けや」と心の内で投げつけさせていただいた。
店を出ると、ツレが「普通、辛子レンコン代くらいは無料にするよな」と言ってきたので、「その分として、締めのラーメン代、おごるぜ」と、なだめてやった。
そのリアクションとしてのおおげさなアリガトウを、僕はほんの少ししか、そうね20％くらいしか期待していない。なんてったって僕は太っ腹な男だから。
了
