さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

せつない、公園物語2

7月1日。今日のいんぷれっしょん

せつない、公園物語2

高齢化社会を憂い、僕は西の空を見上げたのだった

 

公園では毎日だいたい何かが起きている2

公園に行くとだいたい僕は何かと出会う(その1はこちら)。

今日、某公園のそばを通ると、うずくまって動けなくなっている猫がみえた。近づいてみる。まったく動かないので死んでいるのかと思ったが、よく見ると、かすかにお腹が上下していて、微妙に呼吸をしているのがわかる。

猫の横には、エサが盛られた紙皿が2つ、置かれてあった。

たぶん、たぶんだけど、猫はもうかなりの老年で、老衰で息をひきとる間近なのかもしれない。きっと飼い主さんも老齢で、飼い猫を最後まで看取ってあげるだけの時間と労力と財力がなかったのだろう。それで飼い主さんは、公園に、猫を親切に看取ってくれる猫好きな人が現れてくれることを期待したのではないかと、僕は思った。

そばにそっと置かれたエサに、飼い主の疚しい気持ちが如実に表れているように思った。猫に付いている、とても可愛らしい首輪が、妙に哀しく思えた。

さて、僕はどう行動すればいいのか。僕は猫を飼った経験がないので、どうしていいか途方にくれてしまう。例えば連れて帰ったところで何かしてあげられるわけでもない。

誰かに頼るしかない。前回は、(違う公園で、怪しい出刃包丁をみつけたので)警察に連絡したけど、今回はきっと保健所だろうと思い、電話してみた。対応してくれた方はとてもよい人だった(皆さん、一般的に行政というか公務員に対して否定的な意見も多いようですが、不真面目な人間というのはどの業界でも一定数はいるわけで、行政にも真面目に真摯に人間味のある素晴らしい対応をしてくれる人はたくさんおられますよ)。適切に話をきいてくれて、なるべく早くそちらへ伺うと言ってくれた。

スマホを切って、猫をみる。動きはない。生きとし生けるものには、猫にも、人間にも、むろん僕にも、寿命はあるよなあって、妙に納得してしまう。

一旦、現場を離れ、コンビニで買い物をして、戻ってみると。猫が消えている。ただ、エサ皿だけを残して・・・

えっ! どこかへ行っちゃったか。老衰や病気ではなく、ただ眠っていただけなのか? いや、いや、そんなはずはない。触ってもまったく動かなかったし、まったくの虫の息だったんだもの。寝てただけのはずはない。

そんなところへ、保健所の人が自転車でやってきた。「いや、いなくなっちゃったんですよ」と言うと、「ああ、移動しちゃうことってよくあるんですよ。あまり気にされないでください。この後またなにかあれば私どもが対応しますから」

頼もしいな、と思う。保健所の人が帰っても、僕的にはどうにも気になる。少しあたりを探してみると、出口方面の草むらに猫は居た。人目のない場所へ移動しようとしたのかもしれない(猫には、目立たない場所で亡くなろうとする習性もあると聞いたことがある)し、飼い主さんのところへ帰ろうとしたのかもしれない。

僕は、走った。運よく、保健所の人はわりと近くに自転車を停め、電話をしているところだった。「すいません、猫、いました、いました。戻ってもらえますか?」

保健所の人は戻って、猫の状態を確認すると、動物病院へ電話した。「病院の確認がとれましたので連れていきます」と話してくれた。「お願いします」と僕は言った。

特別に興味をひくエピソードとも思わないし、たいした話でもないかもしれないけど、なんかね、「命」そのものはもちろん何よりも大切なものだけど、「命」にどう関わっていくかという人の心そのもの、考え、行動、思想、とかがいちばん愛おしいものだなあって何となく思った一日でした。

皆さん、とにかく、なによりも自分の命、自分の一秒一分一日を大切に、大事に、過ごしてくださいましね。

自戒をこめて😅👍

 了