さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

ありがとう、ってこんなに遠いっけ?

5月3日。今日のいんぷれっしょん。

ありがとう、ってこんなに遠いっけ?

完全ドキュメンタリーでお届けします👉

 

食い逃げするならもっとうまくやるわ!😡😤😤

留守電に気づいたのは、翌日の午後だった。再生してみる。

「先ほどpaypayでお支払いいただいた金額ですが、こちらのミスで11,000円のところ1,100円と間違えて入力しておりました。折り返しご連絡いただけますでしょうか」

僕は昨夜の記憶をたどってみる。一件目の居酒屋の支払い時に確認した店側のレシートは確かに11,000円だったと思うが、paypayがどうだったか覚えていない。もうかなり酔っていたからスマホの表示までその場で確認なんてしなかったんだと思う。もし金額が違っていたらその時言うもん。留守電の声はレジを打った大学生風の男の子の声だろうと想像できた。相当焦った声音だった。

paypayの履歴を確認する。確かに1,100円となっていた。ありゃまぁー💦

昨夜は飲み屋2件とカラオケをはしごしていた。1件目に行った居酒屋は普段から店長のふるまいがあまり心地よいものではないのでよほど他店が満席でどうしようもないときにしか訪れないようにしているのだが、あいにく昨夜はどこも混んでいたのだった。

電話してあの店長が出たら嫌だなあと思いながらも、僕はまたスマホを手にとった。その理由は(けして僕の好感度をあげるためではなく)レジを担当したあの青年が入力ミスの責任を追及されて不足分を弁償するなんてことになったら可哀想だと思ったからだ(重ねて言う、本当に良い人ぶってるわけじゃないよ)。

電話すると、若そうな女性の店員が出た。

「あのう、paypayの支払い金額の間違いということで留守電をもらった者ですが」

女性店員は、事情を知っているようで「あ、少々お待ちください」と保留にした。おそらく店長に報告しているのだろう。けっこうな時間、待たされた。

「こちらまで支払いに来てもらえますかということです」女性店員さんは伝言を伝えるかのように言った。

「はあ、まあ」僕はそう答えるしかない。

「現金で支払ってください」

ん? と僕は思う。paypay支払いだと店側に手数料がかかるので、なるべくそれを減らしたいのだろう。ただ、僕の残り9,900円分のポイントが付かないことにはなってしまう(現在いろんなキャンペーンで僕はけっこうなパーセンテージでポイントが付くんだけどなあ)けど、まあ、仕方ないか。きっと彼女は店長に言わされているのだろう。「わかりました」と僕は答える。

「いつ来られます?」

「今日は無理なので明日でもいいですか?」本日は用事があり、明日ならどうせまたどこかへ飲みに出るからそのついでに支払いに行こうと思った。

「少々お待ちください」また保留。店長うかがいに行くのだろう。戻ってきて、「明日の何時に来ますか?」

「たぶん、夕方くらいには」

「明日は16時からやっていますが、何時に来ますか?」

「ああ、では、16時過ぎくらいに」

「店長にはそう言っておきます」

「はい、すみません」あれ、なんで僕、謝ってんだろ。

 

翌日、夕方。飲食店が多く入る雑居ビルをエレベーターで昇り、レジカウンターの前に立ち、呼び鈴を叩く。すると、「はーい」太ったごま塩頭の店長がやってきて、レジ中に立った。カウンターに置かれた予約表を指でなぞりながら「さあて、おまえはこの中のどの予約者だ?」という態度を示したので、僕は「あのー、予約ではなく、QR決済の金額間違いでうかがった者ですが」と告げた。

すると店長はギラリとこちらを睨むと、なぜかレジカウンターを出て行き、元来た方へ戻りながら、

「おーい、来たぞー」と怒鳴った。

えっ!? 来たぞーって、それ、僕の事なの? その態度で僕は確信した、、、

 

僕は9,900円分を支払わずに逃げた「食い逃げ犯」にされてんだと💦💦

 

いや、いや、もし食い逃げするんだったらもっとちゃんとやるよ!!😮‍💨 と叫びたくなったけど、夕刻の居酒屋のレジカウンター前でそれを叫ぶのはあまりにもアホな気がしてとりあえず抑えた。

店長と入れ替わりに、年期が入られたおばさま店員がレジにやってきた。現金受け皿みたいなのを差し出し、「9,900円です」と機械的に言う。僕は一万円札をその緑色の皿に乗せた。彼女は何も言わずに、100円硬貨を返してくる。

ありがとうございますの一言も、なしか。

この時だ、僕はこの胸の中に生まれて初めての感情が誕生したのを感じた。どういう感情かというと、「目の前のこの人に、なんでもいいから、一言でいいから、ありがとうという単語を言わせてみたい」という感情、というか、これを言わせることはもう僕の人生すべてを賭けた使命・闘いであるとさえ思った。

「よくこちらを使わせてもらってるけど、料理美味しいっすね」

間違いなく、100%、ありがとうございます、が返ってくる問いかけだと思う。が、おばさま店員はこちらを微妙な笑顔で見返してくるだけだ。若干、顎を傾けて、不思議少女を演出しているような、かわいげアピールを醸し出している姿がどうにも小憎らしい。

「従業員の方々のサービスもとても気持ちいいですしね」

こう言われて、ありがとうございます、と返さないサービス業の人がこの世にいるだろうか、いるはずがない。が、ここに、僕の目の前に居た。

これはもう仕方がない、僕は絶対に使いたくなかった禁断のせりふを吐くことにした。

「paypayの金額を間違えた彼を責めないであげてくださいね。彼もこれでまたひとつ勉強すると思うんで。彼に弁済とかさせたくなくて僕は今日わざわざ来たわけだから」

実に恩着せがましいセリフである。こんなこと絶対言いたくもないけど、僕の本意ではけしてないけど、仕方がないのだ、今はとにかく目の前の熟女にありがとうございますを言わせたいのだから。

彼女は、小さく、「ふふ」と苦笑いのような笑み音を出した。ただ、それだけだった。ああ、バイキング小峠さん、あなたのちょっと古いギャグを今、僕の心の中で使わせてもらってよいですか?

 

なんて日だ!!!

 

僕は、レジ前を離れ、エレベーターの前へ歩んだ。後方から、熟女「ありがとうございました」の声が聞こえた。僕は、これまでの人生でこんなにも高飛車な、勝ち誇った「ありがとうございました」を初めて聞いた気がした。

【記事後記】

全世界の皆さん、世界中にはさまざまな「ありがとうございました」があると思います。心からの感謝がこもった「ありがとうございました」、単なるその場の流れでの「ありがとうございました」、ただ適当な「ありがとうございました」、むしろ相手を貶めるような「ありがとうございました」等など、いろいろあると思います。皆さん、しっかり聞き分けるようにできたらよいですよね。僕は少なくとも正直に言葉にするようにしたいと思います。本日は、読んでいただき、心からありがとうございました💁‍♂️