さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

小林さん、中林さん、そして大林さんに捧ぐ(長編フィクションです😎)

小林さん、中林さん、そして大林さんに捧ぐ(長編フィクションです😎)

もしも「名字に大きさを示す漢字を持つ人達」の集会に潜入したら、の話。

酔ったんか、小林さん

だだっ広いホテルの宴会場。大人数のわりに落ち着いた雰囲気でスタートしたその宴会も、酒のまわりと共に会話も弾み、カラオケなんかも始まっちゃって、本格的大宴会モードへ流れようとしていた。そんな中、小林さん31歳、男性、青果業、独身、が意を決したように、隣でレモンサワーのジョッキを持つ男性へ話しかけた。小林さんはあまり酒が強くなかった。

小林「ねえ大林さん、あんたらは私らを下にみとるね」

大林「はっ? なわけないでしょ」

小林「いいや、みとる。名前が大きけりゃ偉いってわけじゃねえよ」

大林「その通りだ、名前の大きさと人間性には何も関連はない」

小林「あんたらは余裕こいていつもそう言う。大だからね。大という大きさにあぐらをかいとるんだ。大に小の気持ちなどわからんさ」

大林「確かに、まあ、私は人生で、大小の気持ちなど考えたことはないが」

小林「先祖代々300年、こっちは連綿と意識してるんだ。心に消えないカサブタがあんだよ」

 

そこに振袖を装った女性が口をはさむ。胸の名札には中林とあった。

 

中林「わかるわ、あなたのその気持ち」

小林「ふん、大に対しては同じかもな。でも、あんただって小をみて・・・」

中林「私自身、大に対しての想いが痛いほど分かっているから、逆に小に対してはやさしい気持ちになれるの。言ってることわかる?」

小林「要するに同情じゃねえか。けっきょくは上から目線さ」

中林「違うの、聞いて。私は大きな林ではない、かといって小さな林でもない、この中途半端感にずっとずっと苛まれてきたの。大きくも小さくもない普通の林なら、むしろ中林じゃなくて林でいいじゃない。私は林さんになりたかった」

 

林さん62歳女性、元看護士、孫二人、が中林さんに握手を求めて右手を差し出す。

 

林「そう言ってくれるのはとても光栄だわ」

中林「えっ、本日は大きさを表す名字の人たちの集まりでは・・・」

林「大中小のさらに小さい単位としてカウントされているみたいよ。つまり、林というスケール感はありながら実質はゼロ林、ということね。存在さえ無視されているような、林にはそんな無情感、哀しみもあるのよ。それを忘れないでね」

 

森「いやー、まさに同感です」 森正夫48歳、フリーター、が声を荒げる。

 

森「ゼロ森はちょっとねえ、せめて1森ということにしてもらわんとね」

林「私たちには、樹木スペースを最小単位で支えているという自負と誇りはあるますわよね。そういえば、森、林、はよくききますけれど、木さんというお名前もあるのかしら」

森「もちろんおりますよ。紹介します。こちらが木さんです」

木「はじめまして。モクです」

小林「音読みなんだ」

 

そのとき、小林さんがリクエストしたカラオケ曲のイントロが始まった。その曲は、わずか3曲前に大林さんが歌ったのと同じ曲だった。ニヤリ不敵な笑顔を浮かべて小林さんはマイクスタンドへ向かった。

「なんという姑息な嫌がらせだ」と大林さんはつぶやいた。私を快く思っていないのはわかるが、先祖代々300年の復讐にしてはあまりにもセコイ、小さすぎる。そんなだから小が付くんだよ、と大林さんは思ったが、それを言葉に出すと周囲から「大のくせに小さいこと言うね」とヒンシュクをかいそうなので黙して唇をかんだ。

大きな林と、小さな森は、どっちが大きいんだよ

森「しかし、この大きさっていうのもね、どうかと思わんか。あいまいだし、意味わからんとこあるよな」

そう言うと森さんは腕をあげて、会場に向けて大きく手招きをした。

森「おーい、森グループ、みんな集まってくれー」

大森「おー、森ちゃーん。元気? なんかこの辺やけに盛り上がってるじゃない」

森「あんたはさ、大きさについてどう思ってんのよ?」

大森「わしは何も思わんよ。大きい小さいなんて考えたこともない。ま、大きいにこしたことはないがな」

中森「そりゃあアナタはそうでしょう。大は何も考えない。大だから。生まれたときからトップにいると思って生きてるから。大は小を兼ねるなんて平気で言ってる」

小森「そうそう。劣等感なんて言葉、知りもしないんでしょ」

森「だいたいだな、大きい森、中くらいの森、小さい森、ってどこで区切るんだ? 何ヘクタール以上が大きいんだ? 答えてみろってんだよな」

 

中林さんが着物の袖をたくしあげて話に入ってくる。

 

中林「森グループに聞きたいんですけど。あなたたち、木の多さでも優劣決めてるでしょ? 林より森のが優秀だって考えていらっしゃるようね」

中森「優劣を決めようとは思わないけど、そりゃあ大きさってことなら、林よりは森が大きいんじゃね」

中林「けっきょくあなたも大きさにこだわっているのだわ」

小森「それについては調べてみたことがある。広辞苑によると、森は樹木が茂り立つ所、林は樹木が群がり生えた所、となってる。茂りか群がりか。単純な大きさではないようだよ」

中森「じゃあ、大きい林と、小さい森は、どっちが大きいんだよ」

中林「ほら、すぐそうやって、大きさ、大きさって・・・」

 

木「樹木1本じゃ、ますます肩身が狭くなってきたなあ」

中林「そんなことないですよ、モクさん。大きさ至上主義に負けないで」

大林「大きさ至上主義って、そんな大げさな・・・」

中森「樹木1本にも大中小あるじゃん。やっぱ大木さんには優越感あるっしょ」

大杉「あのー、私、大杉と申しまして、確かに、樹木1本、杉グループの中でも優越感ありましたよ。でもね、最近アイデンティティが揺らいでるんですわ。高杉さんという方と喧嘩になりましてね。杉の形状からいって背の高い方が大きいだろ、いやいや大が付いてる方が大きいに決まってるだろ、ってね。相当バチバチやりましてね。仲直りしてないんですわ」

大森「ほらな、やっぱりみんな大きいのがいいんだわ」

🌿🌳🌲

小林「大森さん、あんたのためにこんな方々をお連れしたよ」小林さんはカラオケを情感たっぷりに歌い上げて戻ってきていた。

大山「どうも、大山といいます。山グループのリーダーをしております」

小林「林も森も、山よりは小さいだろ」

中林「そんなの関係ないわ。大きさなんて、もう、うんざり」

大森「わしにも関係ないな。森が山に負けとるとは少しも思わん。森グループのリーダーとして大の称号に誇りがあるだけじゃ」

中森「いつリーダーになったんだよ。称号って何だよ。国王にでもなったつもりか」

小林「負け惜しみだな、大森さん。今日は、何がいちばん大きいのか、誰がもっともでかいのか、小より中が、中より大の方が大きいと勘違いしてる高慢ちきなあんたたちの前で、決着をつけてやる」

大林「小より中が、中より大が大きいのは、意味的には当たり前だがな」

大森「まあ、なんでも勝手にやるがいい。わしは、この大の称号が気にいっとるだけじゃ」

中森「だからぁ、大中小は称号じゃないって」

中林「小林さん、あなた、反大きさ至上主義だったじゃない。どうしちゃったの?」

響け、小さな恋のうた

小林「こちらが大地さんだ」とやけに顔の広い作務衣姿の男を紹介した。

大地「どうも、大地です。土地グループの中でも私は大なんで、ユーラシア大陸と思ってもらってけっこうだ」

小林「林も森も、いわんや木も、広大な土地の一部でしかない。土地はでかい。でもね、海はもっともっと大きい」

大海「地球の面積の70%は海ですから。しかも深い。母の愛情に例えられるくらい広く、深い。これ以上の言葉は不要ですな」

中森「7つの海とかっていうけどさ、でも海ってつながってるやん、一つやん。大中小のカテゴリーは無理くりじゃね。小海さんとかってさ。小さい海って何よ」

小林「地球は海の星。だが地球よりも大きい星は、星の数に近いくらいある」

赤星「素晴らしいご紹介をありがとう。赤星です」

小林「赤かいっ! 大星さんを誘ったはずだが。まあ、いいか」

宇宙「その星たちをまとめて抱きかかえているのが私たちです。初めまして、宇宙です。宇宙と書いてそらと読みます」

大宇宙「そして私がおおぞらです。今後お見知りおきを」

 

そのときだった、MONGOL800の名曲「小さな恋のうた」が宴会場に流れた。

♩広い宇宙の数ある一つ🎶🎵  ♫青い地球の広い世界で🎵🎶🎵♩♫

 

会場全体が聴き入る中、小林さんが語り始めた。

小林「大森さん、そして大林」

大林「私は呼び捨て?」

小林「広い宇宙の中、おれたち人間なんて一人ひとり皆ほんとうにちっぱけな存在だ。だけど皆いのちを抱えて必死で生きてんだよ。大きい、小さい、中くらいなんて無意味だと思わないか? こだわりもエゴもみんな捨てちまおうぜ」

大林「いやいやいや、こだわってたんはおまえだろ!? 私はそもそも何とも思ってないぞ」と言いたかったが、変に刺激するのは本意じゃないのでそっぽを向いた。

小林「どうだい? 大森さん」

糸ようじくらい細く目をほそめた小林さんが大森さんをみつめる。

中森「やべっ、こいつ、究極の自己没頭型、ナルシストやん」

わしはこの歌も知らんし、こいつが何を言いたいのかもまったく分からんが、とりあえず頷いときゃいいか、と大森さんは考えていた。

中林「小林さん、あなたの言う通りね」とほんのすこーしだけグッときていた。

🎵🎵🎵

小さな恋のうたがエンディングを迎える頃、一人の長身の男が声をあげた。

「宇宙より大きいといえば私たちでしょうね」状況を読まない男のようだ。名札には、中神、と書かれていた。

中神「私たちがすべてを創造したのですから。その中でも最大のお名前をもたれるのが、この方、大神さんです」

中森「神様に大きい、小さい、あんの? 巨大な神様だったり、老若男女ないろんな神様がおられるんかな」

小柄な体躯を簡素なスーツで包んだ白髪の老人が皆の前に進み出た。

大神「大神です。今夜は特別招待ということで参加費無料だったのでこちらに来ました」

静まり帰った会場の真ん中で、大神さんは中神さんへ問いかけた。

「このテーブルの余ったミックスナッツ、ビニール袋に入れて持ち帰っていい?」

 

会場全体が一斉に、声をあげた。

「小さっ!」