さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

拝啓、空き巣犯様(むしろ、ちょっとゴメンやった🤫)

拝啓、空き巣犯様(むしろ、ちょっとゴメンやった🤫)

空き巣犯へ、そしてその後の鑑識官さんへ、どうしてもお手紙を書いておきたいのです、という話。

 

拝啓、あの日の空き巣犯のあなたへ

拝啓 あの日の空き巣犯様へ

 

あなたはきっと知らないと思いますが、あのときの僕は大学1年生でした。入学して5か月、それまで住んでいた寮のルールをことこどく破りまくって、寮母さんから追い出され、アパートで独り暮らしを始めたばかりでした。

あの日、水商売のアルバイトから深夜に帰宅した、まだ未成年だった僕は、玄関を開けてすぐにその異変に気付きました。家の中に、あなたの足跡が点々と続いていましたから。それは、異変だと気づくに充分なものでした。

僕は引っ越したばかりでしたし、何よりもお金もありませんでしたから、家財道具というものがほぼありませんでした。ほぼ、というか、皆無でした。それに関してはおそらくあなたもビックリ驚かれたと思います。

あなたの足跡を追って進んでみた僕の行動をお伝えしましょう。まず玄関をあがると、あなたの足跡は風呂場からスタートしていました。風呂を覗くと、窓ガラスが割れていました。あなたはそこから侵入されたのですね。そして2DKのまずは和室6畳に入りましたね。驚かれたでしょう。その部屋にはなーんにもなかったのですから。「ん?」とちょっと不思議に思われたかもしれませんね。で、おそらくあなたは右手にあるドアをあけ、ダイニングをみたでしょう。「あれ、キッチンにも生活用品が何もないぞ」とさすがに怪しまれたでしょうね。まったく何もない、からっぽのキッチンなんてそうそうありえないですからね。

「あれ、空室の、まだ借り手のないアパートに来ちまったか」

あなたはそう思ったかもしれません。いや、八割がたそう思ったでしょう。そして最後の6畳へあなたは入りましたね。そこにはカラーボックスが一つだけありました。「あ、よかった、人のぬくもりがある。誰か住んでるわい」とあなたは思いましたか? いや、微妙ですよね。カラーボックスは空で何も入っていないのだから。ティッシュの一つさえ置かれてない。あなたはきっと思ったでしょう。

「アキ巣が、アキ家に、入っちまったぜ。アキれたぜ」とちょっとうまいこと思ったりしたんじゃないですか?

いやいや、そんなわけないですよね。そうとう落ち込んだでしょう。あなたの本日の生業はゼロ利益ですもの。途方にくれたと思います。もし、僕がそのとき、あなたのそばにいたら、被害者である意識よりも、あなたが気の毒でしょうがなくて、「ごめんね、こんな家で・・・」と言いながら、あなたの肩を抱きしめていたと思います。

ただ風呂場のガラスを割られているという事実に関しては僕も怒ってよいシチュエーションなのにも関わらず、あのとき僕が特に怒りを持たなかった理由を伝えますね。

押し入れには布団とわずかばかりの着替えがありました。そんなものは二束三文ですが、あと一つ、ギターケースもありましたね。それは当時の僕のたった一つの宝物のオーベーションというギターでした。あなたはもしかするとその価値に気づいていなかったのかもしれないけれど(とは言えそんなに高価でもないですけどね)その僕にとっての宝物を持ち去らなかったあなたに、もしかしたら夢見がちな僕へのエールなのかもしれんと、とんちんかんな感情を抱いてしまっていたからかもしれないです。

あなたにはあなたの、のっぴきならない生活もあったのかもしれませんが、僕としてもあなたに「空き巣が空き家に入った」という失望感を味合わせたこと、今もちょっと申し訳なく思っていますよ。あなたが更生して今は立派に生きていることを願っています。

 

拝啓、鑑識官様。あなた方は本物のプロでした

拝啓 あの夜の鑑識官様

 

あの夜の鑑識官様、僕はあなたが警察官らと一緒に来られたときの第一声を、今でも、そして永遠に忘れられません。

「いやー、いっさいがっさい持っていかれましたねー」

いえ、違うんです、最初から何もなかったんです、と答えるまでに何秒要したことか。警察機関を呼び立てたことさえも、申し訳なくて、泣きそうだったのに。「盗まれたものは何もないのです」と言った僕の声のデシベルは蚊の羽音より小さかったと思います。聞き取ってくださってありがとうございました。

警察官から聞き取りをされる間も、鑑識の方々はとても機能的に動かれて。僕、警察の方にも、鑑識官にも言ったんです、「とりあえず何も盗まれていないし、けどガラスが割れているので、通報だけしたほうがいいのかと思っただけなんです」と。「だからもう大げさにしないでください。大丈夫です」と。すると鑑識官さんは毅然としてこう言われましたね。

「いえ、犯罪は許せませんから。仕事はまっとうします」と。

僕、ほんとドラマの中にいるのかと思いました。恰好よかったです。しびれました。

とはいえ、鑑識官さんたちが、足跡を石こうで型取ったり、指紋採収されたりするのを僕は申し訳ない気持ちだけでみておりました。

一通りの調査を終え、皆様が帰られるときに、せめてお疲れさまでした、ありがとうございましたのお茶やコーヒーでもお出ししたかったのですが、冷蔵庫さえない我が部屋の残酷さを今更ながらに感じ、あー、明日からしっかり生きて、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、余裕がでたら観葉植物なんかも、ちゃんと揃えられるような人になろうと、ならなければいけないと誓ったのであります。すべては鑑識官さんのおかげです。

そう考えますと、あの空き巣犯には感謝しなければいけないのかもと思いますが、大家さんへ風呂場のガラス修復代を払ったことに対しては未だに納得がいっておりません。あー、なんてちっぽけな男でしょう。こんな私を鑑識していただけないでしょうか。どうか、よろしくお願いします。