さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

もう恋なんてしないなんて言わないけどもう馬券は買わない(恋愛私小説Vol.3)

もう恋なんてしないなんて言わないけれどもう馬券は買わない(恋愛私小説Vol.3)

僕が馬券を買わなくなった理由について。

 

馬が好きなの? ギャンブルが好きなの? データ分析が好きなの? 何なの? 僕よりも?

「来週、ジャパンカップに付き合ってよ」

秋も深まっていたある日、競馬大好き女子大生の彼女から誘われた。

「いいよ、バイト休みだし」

アルバイトのシフト表をながめて僕は答えた。彼女は同じレストランで働くバイト仲間であり、付き合っているという意味での「彼女」でもあった。僕は競馬にさほど興味があるわけじゃない。馬券を買ったこともない。だけど、競馬場には一度行ってみたかったので、競馬デートをとても楽しみにした。

京王線で東京競馬場へ向かった。

電車内で、彼女は、競馬の情報誌をテキストにして、馬の血統や脚質、レース適正などのデータを説明してくれた。その表情がとても楽しそうで、テンションもガチ上がっていて、僕はそんな彼女を心からかわいく思った。

「おー、競馬場ってこんなきれいなんだ!」初めてみる景色はけっこうな感動だった。これだったら将来子供が生まれて家族で日曜日にプラプラ遊びに来ても楽しいかもしれないな、なんて想像してみたりしていた。

「気配をみるのが大事よ」パドックで彼女が言う。

「お腹周りとか、歩様、歩く様子のことね、これがぎこちないとダメよね。イレ込み具合や落ち着きも大事だから。やっぱりパドックを実際にみないと。返し馬も重要だけどさ」「3番、瞳がちょっと血走ってるなあ、汗も多いかな」「あ、ガムチェーン付けてるな、イレ込み抑えてんなあ」「トモ、後脚のことね。トモの動きはよくチェックしてね、トモがスムーズに動けば前脚も効くからさ」彼女はいろいろ説明してくれる。僕はただただフムフム言っている。

メインレースである「ジャパンカップ(JC)」の出走も近づいてきた。彼女は馬券の発券締め切り時間までデータとにらめっこ、精査するという。

僕もせっかくの記念だから、100円だけでも買っておこうと思った。さて、どの馬に投票しよう。そこで僕は思い出した。小学校低学年の頃、母親から「休みの日くらい子供と遊んでやってよ」と言われた負け犬ギャンブラーだった親父に、よくオートレース場に連れて行かれてたことを。あるとき、さんざん負けた父が「おい、好きな数字、2つ言ってみろ」と言われて3と6と答えたことを。親父がやけっぱちでなけなしの金で3-6の車券を買ったらそれが大当たり。上機嫌な親父に、食堂でおでんを食べさせてもらったことがあったのだ。

3-6の馬券を100円購入し、彼女の元へ戻ると、彼女はまだ情報誌をにらんでムムムと悩んでいる。手持無沙汰な僕は、彼女の思考の邪魔をしたくもないので、あと100円買おうと発券機に向かう。ん-、別に他の数字も思い浮かばないのでまた3-6馬券を購入。彼女はまだ考え中。あー、暇だ。しかたなくぶらぶら歩いてまた発券機前へ。暇つぶしにまた3-6馬券を100円購入。ジャパンカップというのは世界中の馬が集っているわけだけど、この6番が日本馬だということさえ僕は気にしていない。

けっきょく彼女は10種類ちかく、それでも厳選して馬券を購入したようだった。そして世紀のレースは始まった。

 

競馬場に大歓声が湧き上がる。どうやら日本馬が1着ゴールを決めたらしい。ものすごい大歓声。地鳴りのようだ。そんな中、彼女はうつむき、馬券をぎゅゅゅーっと握りしめていた。的中しなかったことは、あからさまに見てとれた。その落胆ぶり、くやしさぶりに、僕は彼女にかける声さえなかった。

「買ってたでしょ、3-6」地獄の底から響き渡るような低音で、しかも能面のような無機質な冷たい顔で、彼女が言った。なんで知ってるんだろう、すごいな、やっぱよくみてるもんだなあ。

「あ、あ、ほんとだ。偶然、買ってた・・・」急いでポッケから馬券を取り出して、自分でも驚いたふうを装って僕は答えた。

そして、彼女は「フン」とそっぽを向いた。こういう場合の「フン」は普通はただの擬態語であるはずだと思うが、あのときの僕の脳裏には、実際に地響きのような恐ろしい「フン」が鳴り響いた。世界が崩れるような、破滅的な音だった。

掲示板には8千いくらの高配当が付いたとアナウンスされた。300円が2万5千円程になったということだ。もうその頃から、彼女は僕と口をきかなくなった。

えー、なんでよー、と僕は思う。彼女の気持ちもわからんでもないけど、これ、儲かったぶんは僕ら二人のものだから、ねっ、ねっ、と思うけど、なんと伝えていいかわからない。

とりあえず馬券を払い戻しして、府中競馬正面前駅へ歩く。彼女は依然として無口、しゃべってくれない。駅への人波はものすごい混雑で、歩くのも遅々と進まないくらい。

「こんな状態じゃさ、こりゃ電車もめちゃ混むね。タクシーで家の方まで行こか。僕、タクシー代、出すし」めいっぱい気を使って言った。特に返事もない。

大きなターミナル駅までタクシーで移動し、「晩飯食べようよ、僕、出すし」

居酒屋くらいでは納得してくれないような気がして、チェーンの焼肉屋へ誘う(僕だって貧乏学生なのだけどね)。特に拒否ることなく彼女も付いては来てくれる。言葉はないけど。

おざなりのような乾杯をして、カルビをご飯に乗せようとしたころになって、ようやく彼女が口を開いた。

「バカにしてんでしょ?!」カルビに付いたタレをご飯にトントンしながら言う。

「してないよ、するわけないじゃん」

「研究してるくせに! 偉そうに蘊蓄たれてるくせに!って。おれなんて勘で一発、こんなもんよ、って思ってるんだわ」

「いや、こんなのたまたま、言ってみりゃただのビギナーズラックだろ」

「じゃあ何で、同じ馬券を3回も買いに行くのよ」

「そりゃあ、別に・・・」

「普通は、少しでも確率を上げるために、いろんなレース展開を考えて、より広範囲な馬券を買うでしょ。買い足すってそういうことでしょ」

「いや、僕は、何も、考えてない、から・・・」

「わたしをバカにしてるんだわ。ふざけてる」

えっ、何? こっちだって意味がわからないよ。バカになんかするわけないじゃん。好きに決まってんでしょ。昨夜のキス、熱い抱擁に嘘なんかないでしょ。なんだ、なんだ、ビールが足りないか。

彼女はまた不機嫌に黙々と肉を口に運んでいる。うむ、僕はどうしていいかわからず天を見上げる。ふと壁に今月のスペシャルサービスメニューの張り紙が目にとまる。

「あ、当店お勧めの馬刺しってのが今日までみたいだよ」ついそのまま口走ってみる。

彼女がさらに恐ろしい顔で僕をにらんだ。

ほどなく僕らは破局した。