さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

ある少年とイルカたちとのお話

ある少年とイルカたちとのお話

イルカが大好きなダウン症の少年、の話。

 

 

イルカ好きな少年、水族館へ

先日、飲みの席で、介護のお仕事をされている方が、車いすも利用しているダウン症の少年のことを話してくれた。

少年はイルカが大好きなんだそうだ。イルカに会いたい、会いたいってずっと言い続けていたから、いつもお世話をしている人たちが、少年をイルカに会わせてあげようと水族館へ連れていってあげることにした。

少年の母親は、介護の方たちに言った。

「充分、気をつけてくださいね」と。

介護の方たちは笑って答えた。

「私たちが付いてますから大丈夫ですよ」と。

しかし、この時点では、介護の人たちは、お母さんの言葉の真意をまったく誤解していた。そのことに、彼らは水族館に行ってようやく気づくことになる。

 

 

きっと僕にはみえないもの

水族館のイルカのショー。車いすの少年と介護の人たちは、観客席の一番前、水槽のすぐ近くに座り、ショーの始まりを待った。

まだ前説のような段階で、一頭のイルカが水槽に現れた。イルカはまっしぐらに少年に向かって進んでくる。ガラスの壁に衝突するような勢いで。そして少年の目の前で、翔んだ。

ザァー、水しぶきがあがり、少年と介護の人たちに降り注ぐ。

イルカは水槽を大きくぐるっと廻ると、また少年の前にやってきて、キューキュー声をあげてガラス越しに少年をみている。少年がキャキャッ笑う。

次々と他のイルカも水槽に出てくる。そして皆、次から次へと少年に向かってきては水槽の渕で大きく跳ねる。その度に湧き上がる水しぶき。少年も介護の人ももうずぶ濡れ、ビショビショだ。少年の笑い声が弾ける。あとできいた飼育員の話では、一人にこんなにもイルカが集中することはめったにないという。

少年の母親は、少年のことに気をつけてくださいとお願いしたのではなく、水浸しになってしまう介護のひとたちを気づかっていたのだった。

イルカは特殊な能力を持つときく。きっとイルカと少年を何かがつなげているのだろう。その何かがいつか僕にもみえるといいな。