さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

水族館とおっさんと僕

水族館とおっさんと僕

何度も行った水族館でいちばん記憶に残っている日の、お話。

 

たいやきくんは泳いどらんけど?

水族館のわりと近くに住んでいる。子供が小さい頃は超割安な「年間パスポート」を使ってよく遊びに行っていた。

入場口を入るとすぐに巨大な水槽が目に飛び込んでくる。子供が水槽へ走る。僕はそれを追っかける。水槽の前で子供と手をつなぎ、何千匹、何万匹という色とりどりのお魚たちが優雅に、あるいは勢いよく泳いでるのを眺める。自然と小さな笑みになる。

そんなとき、僕らに続いてやってきた野球帽を被ったおっさんが隣りでつぶやいた。

「うまそうだな」

うちの子がおっさんをチラ見する。僕は「おっ、見てみ、亀さんも来たよ」と言って子供の注意を水槽に戻す。

おっさんがどんな感想を吐こうが自由だ。しかしながら、夢とロマンあふれるこの場所にはもっとふさわしい言葉があるのではなかろうか。タイなのか、マグロなのか、アジ、イワシ、サンマか、それともエイやサメのひれか、何を見ての感想か知らんが、ここは居酒屋でないし、たいやきくんも泳いじゃおらん。

人の流れに乗って各水槽を巡るので、しばらくは僕らの後ろ(というか隣り)には常におっさんがいることになる。

「あのさかなは食えると思う?」

おっさんが連れのおばはんに聞く。おばはんは無視している。おばはんの表情には「そんなの知らないわよ。食ってみりゃわかるんじゃない」と書いてあるような気がする。そこで僕は祈る「そうだ食え。どうかあの魚に毒がありますように」。

しかし水槽で立ち止まる度に吐くおっさんの食に特化した言葉をきいていて、だんだんとわかってきた。おっさんはただ食いしん坊さんなだけなんだと。連れのおばはんからも疎まれがちな、ちょっとさびしい人なのかもしれないと。子供の夢をわざと壊すような悪人ではなさそうだ。そうして僕のおっさんへの気持ちにも少し変化が出てきた。

 

わかりあえなかったけど、いつかまたきっとどこかで

そもそも僕はもう何度もここを訪れていて、正直少し飽きているとこもあって、子供が喜ぶからもちろん僕も一緒に楽しむけれど、何か他への興味も探してはいた。おっさんがそのよいターゲットかもしれない。

クラゲのコーナーで、「このクラゲ食べられるってあるけど、中華丼とかのあれか?」とおばはんに聞くので、「いや、それたぶんキクラゲやで」と僕はひそかに思う。

「これは煮つけ、絶対煮つけ」と聞けば、「僕なら間違いなく塩焼きやな」。

ウツボの前では、「ウツボは食える。それゆけ黄金伝説で、とったどーのヤツが焼いて食ってた」と言うから、「いきなりや、いきなり黄金伝説や」などと心でつっこんで遊ばせてもらった。

イルカのショーのところでさすがに離れ離れになるとき、まあ、さすがにイルカではおっさんも食レポ感想しないだろうからもういいかと思っていたら、おっさんが、

「うまいな」とつぶやいた。

一瞬、イルカを食する地方出身の方だったのかと思ったが、おっさんの目線を追うと、おっさんはイルカショーのポスターをみていた。その告知の片隅に「イルカのからだに触れられるコーナーあり。参加したい子、イルカな👍😊」とあった。

ダジャレじゃん。ぜんぜん、うまくないし💦

おっさんとは何もかも気が合わなかったけれど、何度も行った水族館の中で、一番記憶に残ってる一日になっている。今も元気で、美味しい魚と肴を食べていてほしい。