さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

〇〇〇先生、ごめんなさい

〇〇〇先生、ごめんなさい

違う、そうじゃないんよ、という話。

 

そして罪悪感が咆哮したのであった

「先生ー」

トイレから戻ったら、ママさんの僕への呼称が変わっていた。

たぶんツレが、僕への気遣いと、その場のちょっとした盛り上がりも期待して、「あいつ、作詞家なんだよ」とか吹聴したんだろう。そういう気遣い、嬉しくありがたいのだけど、逆にちょっと淋しくなるときもある。だって、たいして盛り上がらないときのほうが断然多いんだもん😓💦

しかし、その夜は違った。田舎のカラオケスナックのママさんは異常なくらいのテンションで喜んでくれた。彼女は、帰省中の僕が幼馴染のツレに連れられてここにきたことを知っていたから、僕を地元の雄氏(傑出のこと)と色眼鏡でみてくれたのかもしれない。

「すごいわあ、うれしいわあ」としきりに言ってくれる。「印税ってどうなってるの?」「詞ってどうやって書くの?」「詞が先なの? 曲がまずあるの?」とかよく尋ねられる定番の質問には僕も調子こいて楽しく対応させていただいていた。けれど、「こんな田舎の店に、こんな有名人が来てくれるなんて感激だわよ」と言い始めた頃から、妙な持ち上げ感はあった。だって僕、有名じゃないものね🥹💦

「あたし、あの歌が大好きなのー」ママさんがある大ヒット曲のタイトルを口にした。

もしかしてママさんは、なぜか分からないけれど、僕をその大ヒット曲を書いた大先生と勘違いしているかもしれない。そうであるなら勘違いも甚だしい、間違えるにも程がある、早急な訂正が必要である。僕が否定しようとしたとき、

「わぁー、おまえ、あの曲も書いてたん? すげぇーやん!」ツレが身体をのけ反らして叫んだ。

ツレは音楽、特に日本の歌謡曲にあまり興味がない。ただその大ヒット曲はさすがにご存じであったようで目をまるくしていた。どうやらふざけて言ったのではないようだ。

ますます早急に強く否定せねばと声をあげようとしたら、

「どこかで見たことあるなと思ったら、やっぱり〇〇〇先生か。前に週刊誌でみたまんまや」隣の止まり木のおっさんが言い放った。

いや、いや、週刊誌に載ったことなんかないし。みたまんまって、まんまってどういうことですか。「まったく別人です」と世界中に向かって今、僕は叫ぶべきだ。

「その歌、歌ってもらっちゃおうよ。うちも聴きたーい」それはそれはかわいらしい声でお店の女の子が割って入ってきた。その声に一瞬、虚を突かれ、僕の叫びが止まる。いかん、僕の2大弱点があらわになってきている。気が弱いことと、女子に弱いこと。

「カラオケ入れちゃいまーす」なし崩し的に女の子がリモコンに触れる。

 

「嬉しいわー」とママさん。「まさか本人が作った歌が聴けるなんてなあ。今夜はツいとるわ。店に来てよかった」とおっさんも言う。

「いや、僕は、自分の歌は歌わない主義なんです」常日頃、本当にカラオケでは自分の歌をリクエストされても断っているので、その癖でつい言ってしまったのだが、よく考えろ、この歌は自分の歌ではない! すでに何かがおかしくなっている。歯車がトンチンカンだ。

イントロが始まると、画面に作詞家の名前が現れる。「おおー」一同から感嘆の声があがる。「やっぱり本当だったよ」おっさんが言うが、なぜこれで本当になるのか、意味がわからない。

歌い出しが迫ってくる。わかったよ、ここで皆さんをドッとしらけさせることなんて、気弱な僕には到底できない。僕はおもむろにマイクを手にとった。

ワンコーラス終わりに拍手の嵐。「やはり本人が歌うと違うねえ」「やっぱり気持ちがこもってるよね」「そりゃあ心の叫び、想いのたけが込められて書かれたんだもの、素晴らしいわあ」なんというお褒めの数々、しかし世界中でこれほど的外れの評論はない。この歌詞の一行一句隅々まで、僕の気持ちも、心も、想いもこれっぽちも込められていない。なぜなら、僕が書いてないからだよー😖

この後、僕はさらに2曲のリクエストに応えた。いつもより熱唱した。大熱唱だった。それはまさしく罪悪感の咆哮であった。

退店間際になって、ママさんがカウンター内の奥底をゴソゴソしている。よかった、1枚あったわと独り言ちたあと、ママさんは僕の前に向き合った。

「いつか有名な方がこられたときを夢見て用意しておいたの。日の目をみれてよかったわぁ。色紙にサインお願いできるかしら」

ピンチだった。これはピンチをチャンスに変えられるようなピンチでもなく、僕が本物の嘘つきになれるかどうかが試されるためのピンチだった。

僕は心の中で十字をきった。ごめんなさい、〇〇〇先生。ごめんなさい、ツレを除く店内のすべての方々。ツレにだけは謝る気がしなかった。

「達筆だね」とおっさんがおべんちゃらを言う。「一目で読み取れない系のサインですのね、素敵だわ」とママさん。

〇〇〇先生、読めないようなむちゃくちゃなサインを書きました。それをせめてもの謝罪の気持ちとさせてください。本当にごめんなさい。