さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

どぎも

どぎも

空港でどぎもを抜かれちゃった話。

のうのうなのか、おめおめか

まだコロナ前の真夏の羽田空港。僕は東北行き35番ゲートで搭乗口が開くのを待っていた。その日はジャンボジェットも満席で、ゲートでは東北弁で談笑する老人グループから、家族に抱かれた赤ちゃんまで、老若男女多士済々な人々であふれかえっていた。いかにもラテン系黒人バンドマンのグループがワイワイやっているのが印象的だった。

そんなすべての人がつつがなく搭乗し、僕もシートに座り一息ついて離陸を待っていたのだが、なぜか予定時刻を過ぎてもなかなか飛び立とうとしない。そこにCAのアナウンスが。

「別の飛行機に間違って搭乗されたお客様がいらっしゃるので、もうしばらくお待ちします」

これはけっこう恥ずいゾと僕は思った。どんな顔して機内に入ってくればいいんだろう。きっと機内の乗客からは「よくもまあ、のうのうと乗ってくるなぁ」という顔をされるだろう。「のうのう」ならまだしも「おめおめと」なんて言われたら、恥ずかしくて、情けなくって、いてもたってもいられないじゃない? 案の定あちこちから「お年寄りならまだしも若い人だったら恥ずかしいよね」「飛行機を待たせられるってどんだけの人なの」なんて会話が東北弁でぼそっ、ぼそっと聞こえてきた。

飛行機が所定の位置までバックし始めた。ああ、これできっと遅れた人は、隣の席の人かなんかに「あなた、飛行機をバックまでさせちゃいましたね」なんて嫌味の一つも言われちゃうかも。再びタラップが扉に設置される。送迎バスが到着する。さあどんな人が現れるのか。僕は固唾を飲んで眺めていた。

圧倒的なハッピー

リオのカーニバルそのもののセクシー衣装に身を包んだナイスバディなお姉さんが3人、猛烈にサンバを踊りながら現れた。搭乗口でみかけたラテン系バンドマンたちの仲間なのだろう。そうとしか考えられん。悪びれたところなどまったく感じさせない、尋常じゃないはしゃぎっぷり! 僕は度肝を抜かれてしまったね。

機内に入ってくるとますます彼女たちのボルテージはあがっていった。満面の笑顔で、嬌声をあげ、腰をフリフリ、まさに「3人リオのカーニバル」状態で闊歩してくる。ラテン系バンドマンたちも、これまた歓声をあげ、指笛を鳴らし、どんちゃん騒ぎで出迎える。

乗客たちは、あっけにとられていた。あきれている、と言い換えてもいい。「なぁに考えてんだぁ」「なして謝まんねぇ」東北弁の小さな罵りがぽつりぽつりと咲いているが、彼女たちはおかまいなしに、乗客を煽ったりしている。「ヘイ! 一緒に踊らない?」「もっと楽しみましょう!」「ハッピー、ハッピーよ!」ラテン系お姉さんたちにとっては「のうのう」も「おめおめ」もあったもんじゃなかった。彼女たちにあるのは底抜けの「ハッピー」だけだった。

バンドマンたちと彼女3人が情熱的に抱き合ったりしている。そりゃあ最高の邂逅だろうね。彼女たちの言葉はわからないけど、僕にはこう言っているように思えたよ。「ヘイ、ブラザー、お待たせ! さあ、一緒に素敵な空の旅を始めましょう!」。

この日、僕が「これからはできるだけハッピーで生きてこう」と心に決めた記念日となった。