マムシに噛まれた少年
子供の頃、マムシに噛まれちゃってさ、の話。
そりゃあマムシだって噛みたくなるわ
小学２年か３年だったと思う。ド田舎の野生児だった僕は、ある日、近所の中学のおにいちゃんと山を駆け回って遊んでいて、１匹のマムシと遭遇した。
動くものに対する反応はおそらく猫以上に機敏な僕らは、何の躊躇もなく、あたりの石を拾っては果敢にもマムシに投げつけ始めた。マムシは逃げない、むしろこちらを威嚇してくる。
まわりに石がなくなったので、僕は投げた石を回収しようとマムシの目の前へ手を伸ばした。アホである。僕の頭蓋骨には脳みそが入っていないのかもしれない。ガブッ。当たり前のようにマムシに指を噛まれておりました。
急いで家に戻り、日曜なのでパートが休みだった母へ、噛まれたことを報告。すると母は何食わぬ顔で「病院、行っといで」とだけ言った。家を出る僕を見送ったあと、母はようやく事の重大さに気づいたそうで、そうとうあたふたしたらしい。
おにいちゃんの自転車の後ろに乗り、近くの病院へ行ったが休日で閉院していた。「次の病院行こ」おにいちゃんが言う。その頃になって、鈍感・愚鈍な僕もようやくナンダカヤバイゾと思い始めていた。
「マムシは毒あるよね？」「あるわ」「にいちゃん、ボク、死ぬ？」「わからん」
わからん、とはどういうことだ？ やっぱ死ぬんじゃん。マムシのたたりだと思った。マムシは元気に逃げていったのに。たたるか！ アホだわ。あの頃は本当に脳みそ空っぽだったんだな。
次の病院も休診日だったが、女性が出てきて「あらー、大変じゃない！」と救急車を呼んでくれた。生まれて初めて乗った救急車。死ぬ前に乗れたことがなんだか少しだけ誇らしくもあった。
どうせ噛まれたならマムシはつかまえろ
お医者さんが、噛まれた指の傷跡を診て「うーん」と唸った。そして「へびの種類が確定できたほうがいいから、どうせ噛まれたなら捕まえて持ってこなくちゃ」と言った。まじで？ とは言い返せなかった。
けっきょく血清を打ってもらい、念のため一晩入院することになった。朝から競艇に行っていたギャンブルと酒依存のダメ父が「マムシに噛まれたと聞いたときは、ああもう死ぬなと覚悟したわ」とさすがに神妙な顔をした。
お医者さんは僕にこう言った。「血清は一回しか効かないからね。今度噛まれたら本当に死ぬよ」
その言葉が真実なのか、それとも少年に今後気をつけさせるための嘘なのか、今ならネットで調べればすぐにわかることだけれど、僕はあえてその正解を求めないようにして生きている。
了
