さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

大丈夫です、しか言ってない😭

大丈夫です、しか言ってない😭

美容師さんのすべての声掛けに「大丈夫(だいじょうぶ)です」としか応えられない気弱な僕が、勇気を振り絞って「でぇーじょぶです」とふざけてみようとしたお話。

きっと言える、今日こそは、きっと

そもそも美容室系は苦手なのです。鏡と向き合うシチュエーションも、すべてを委ねるしかない相手(美容師さん)と一対一になることも、もう、緊張でしかないわけです。何を問われても、まったく言葉が出ない。使える言葉は「大丈夫です」ただこれだけ。毎回退店した後に「ああ今日も大丈夫しか言えんかった」「今日は前回を上回る18回、大丈夫、ただそれだけだった」と一人反省会をするばかり。

いつまでもこのままではいけない。気の利いたことの一つも言おうよ。どんだけ照れ屋だろうが、あがり症であろうが、やれることはあるだろう! 発奮してみても何も思いつかない。で、考えて考え抜いて出た答えが「ずっと、だいじょうぶですと言い続けた最後だけ、でぇーじょぶです、とふざけてみよう」ということでした。

でぇーじょぶです、と言ったら面白いのか? ちょっと江戸弁ふうにつぶやけば、それで美容師さんが微笑んでくれるのか? 面白くないよなあ。やさしい美容師さんなら愛想笑いをくれるかもしれんけど、ぜんぜんおもんない。だけどよいのです、これは美容室コンプレックスな僕が、それを克服できるかどうかのチャレンジ、壮大な実験スペクタクルなのだから。

でぇーじょぶです、でぇーじょぶです。けしてあざとく、わざとらしくならないように気をつけて。僕はごく自然な「でぇーじょぶです」を特訓して美容室へ向かったのでした。

 

関西のおばちゃんになってみたい

染髪もありの日。染髪するときの美容師さんからの問い掛けの数は、カットだけの日より断然多い。「前回の髪色で大丈夫でしたか?」「今回も同じお色にされますか?」「次回のご予約を今されますか?」「お袖通してください」「お首、苦しくないですか?」「お顔にクリーム塗りますね?」「お薬作ってきますからね」「このタブレットお使いくださいね」「沁みたり痛かったら言ってくださいね」 染め始めるまでにも少なくともこれだけの問いに、何かしら返答が必要になる。すべてにうまい返事ができたらいいのだけど、やっぱりぜんぶに「大丈夫です」だけ。まあ、ある意味、大丈夫です、は万能な、魔法の言葉ではあるのよね。

染髪も終わり、シャンプー。これは皆、経験があると思いますが、「痒いとこはないですか?」の質問、これ、一番悩まない? 痒いとこなんてもうそんなないしさ、ちょっとあったとしても、その個所を頭のどのあたりなのか番地的に的確に説明するのも難しいからさ、つい遠慮しちゃわない? 僕もやっぱり「大丈夫です」。こういうとき、関西のおばちゃんたちは「全部!」と答えるらしい。あー、うらやましい、生まれ変わったら関西のおばちゃんになりたい。

「洗い足りないとこはありますか?」この質問にもいつも胸がザワついちゃう。気持ちいいからもっと洗い続けてほしい、ということは人によってはあるかもしれないけど、シャンプーや染料が充分に洗い落ちたかどうかという意味なら、それはこちらにはわからんので、「それはあなたが判断することでしょ?」と本当は言いたいのに、やっぱりただただ「大丈夫です😓」。

 

そして訪れた、運命の瞬間

シャンプーも終わり、お疲れ様です、の美容師さんの声。そして、背もたれを起こしますね、だいじょぶですか? のやさしいお声。だいじょぶですか?まであえて尋ねられているわけで、千載一遇、まさにこのときしかない。僕は渾身の勇気を振り絞って口をひらいた。

 

「でぇーじょ・・・・」

 

ちょうどその瞬間、新たなお客様が自動ドアを開け、店内に入られたようで、僕を担当していた美容師さんも大きな声で「いらっしゃいませー」。僕の勇気を振り絞った「でぇーじょぶです」は美容師さん数人のいらっしゃいませコールにかき消されてしまった。

「あ、お客様、何か?」とても気づかいのできる美容師さんのようで、僕に問うてくれたけど、すでに放心状態だった僕は、小さな声でこう答えるしかなかった。

「大丈夫です」

本日22回目のだいじょうぶです。新記録の誕生だった。