さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

Hey! Taxi! で私を止めてね♡♡

Hey! Taxi! で私を止めてね♡♡

もしタクシードライバーになれたらやってみたいこと、の話。



お客様にはエンターテイメントを

運転は嫌いじゃない。F1ドライバーは無理でも、もしもできることなら長距離トラックをはじめとするあらゆる配送車、バス、タクシー、いろんな車を運転してみたい。もちろんエンターテイメントも大好きだから、例えばタクシードライバーになれたとしたらぜひお客様へやってみたい小芝居がある。

「ご乗車、ありがとうございます。どちらまで?」

「東京駅までお願いします」

メーターをonにして僕は車を走らせる。

「お客さんは、運がいい。ツイてらっしゃる」

「え、なんで?」

「いや、私、こうみえて、元スタントマンでしてね。カーアクションのスタントを主にやっておりましたんで、運転には自信があるんです。最高の安全運転しかも最速でお客様を目的地まで送らせていただきます」

と、まずは嘘の経歴を匂わせておいたりします。そして、

「ワイルドスピード、ご存じですか?」

「ああ、観たよ。大好きだ」

「私、あの映画のスタントもやってましてね。いやー、ヴィン・ディーゼル、格好よかったなー」

さらに嘘の上塗りで、お客様を僕のトリコにします。いや、むしろ混乱させるかもしれませんし、ちよっとした不信感を抱かせてしまうかもしれませんが、そこは大丈夫。持ち前の演技力で必ず魅きつけてみせます。

しばらくたわいもない世間話をしましょう。できればお客様の近況、生活状況なんかも少し引き出せたらこっちのもんかな。

「そうですか、この時代、お客様のお仕事もなかなかせちがらいですよね。わかります、まったくなんとかならんですかねー、この政権は」

薄っぺらい会話です。これは僕の人間性が薄っぺらいのでしょうがない。世の中のことなど何も考えていないくせに、社会情勢やお客様の現状をあたかも憂いているような雰囲気を醸し出します。

 

そして、デ・ニーロを超える

「私もね、思うんですよ、このままでいいのかと。どんどんどんどん自己肯定感がなくなってきますでしょ。あー、やるせない、なさけない、このままじゃいけない、いけないんだよー」

こうして、古い名作映画タクシードライバーのロバート・デ・ニーロのような狂気を、ちょっとずつ、少しずつ撒き散らしていくわけです。

「あー、このままでいいわけないよなー。もういちど輝きてぇーなー」

ためいき混じりにつぶやいたりして。

「お客さんもね、うじうじしてちゃだめっすよ。人間ね、何歳になったって変われるんですから。新しいこと始めるのに歳なんか関係ないっす。人は皆、人生で今が一番若いんですから」

別にうじうじなんてしてもいないお客様によけいなお世話をやきながら、ちょっと深めにアクセル踏みこんだりして。そうすると、だんだんお客様も慌て始めますな。

「そうだな、運転手さん、その通りだ。でも、ま、落ち着こ」

僕はバックミラーに映ったお客様の顔をちら見してから前方に視線をうつし、

「あー、ばか、押しボタンなんか押すんじゃねえよ。うぜえなー」

などと悪態をつき、黄色信号で舌打ちしちゃったりする。

「あー、なんか、面白いことねえかなー」

いらつきを隠さない僕。

「いやー、人生そんな面白くなくていいんじゃないかなあ。平穏が一番だよ、ね」

とお客様はなんとかこの場を取り繕ろうとする。

「あー、つまんねー。なんかやりてえなー」

「なーんにもしなくていいんじゃないかなあー。ね、速度だけ、気にすればさ」

「あーつまんねー。変わりてぇー、なんかやりてー、時代に爪痕残してぇー」

「爪の跡はどうでもいいよー。安全運転頼む、安全な、な」

そしてスピードをあげながら僕は言うのです。

 

「あー、ちくしょう! 片輪走行、やっちゃうかー」

 

で、縁石側へタイヤを寄せたふりしたりして。へへ😁

 

もちろんすぐに謝りますよ。ごめんなさーい、ちょっとこんなんやってみたかったんですーって。場合によっては乗車賃を10%オフにもしましょう。ごめんなさい。

ただ、これ、驚いたり、怖くなってくれたり、まあ怒ってくださったりしてくれたらいいのだけど、「片輪走行やって、やって」なんて喜ばれたらちょっと恥ずいな😓