さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

あのー、どちらに立っていらっしゃいます?

あのー、どちらに立っていらっしゃいます?

どの立場で言うとるのかだけ教えてもらえますか、という話。

 

どの立場で、どの口が?

大学時代、音楽仲間と初めて女の子がいる飲み屋さんへ行ったときのこと。ベース弾きのY君も少なからず鼻の下をのばして入店していたはずだった。お酒をついでもらい、会話がちょっと進んだところで、Y君が女の子へこんなことを言い出した。

「女子大生の君がこんなとこでバイトしているなんて親御さんは知らんのでしょう? 君の親が気の毒でしょうがないよ」

どの立場でものを言ってんだか。

Y君なんて毎月の仕送りも食いつぶし、どうしたらさらに親の脛をかじれるかばかり考えとるくせに。そもそも数千円の飲み代であわよくば女子とムフフなんて姑息なこと夢想しとるやつに、彼女だって言われたかぁないわ。

Y君はおうおうにしてそんな男だった。

「サザンももうおもしろくないな。桑田の才能も枯渇したわ」

どの立場にいるんだよ。音楽もろくに作れない自称音楽家が超ビッグな先輩に向かってようそんなこと言うなあ。せめて、さんを付けろ、さんを。

あまりに目にあまるときに「どの口が言ってんだ!」と叱責などしようものなら、

「どの口? 口は一つしか持ち合わせていないが?」などと唇をチューの形にして煽ってきやがるから腹が立つ。こやつはただのあまのじゃくか、性格がよくない人なのかもしれない。

一番記憶に残っている「どの立場なんですか事件」は、ある秋の夜長に起こった。読書の秋を気取ったのか、普段まったく本など読まないY君が、「たった今、オレは司馬遼太郎の短編を一つ読んだ」と電話してきた。「名作だ。これは、司馬の長短編すべての作品の中でいちばんおもしろい!」

僕は司馬遼太郎をほとんど読み漁っていたからわかるが、司馬さんの著作は長編短編で200作品以上、エッセイだと1500編以上ある。Y君はその中で一番だという。読んでもいないのに。

「全部読んでみないとわからないだろ?」「いや、間違いない。オレにはわかる」と、これだけでも充分、どの立場?だが、「直木賞をはじめすべての文学書をあげていいね」ときた。偉い作家先生方を超越した超超選考委員というフィールドに彼は立っていた。たぶん両足を強く踏ん張り、腕組をして、天をみすえている感じだろう。

そこに立ってないで、座って話そ

そんなY君でも、ちょっとだけしおらしく感じたことがある。みんなで雑談していると当時のアイドルの話になった。Y君は松田聖子さんがいいという。そして彼女の存在感、声のすばらしさ、歌うピッチの正確さ、のびやかさ、天性の歌姫、容姿や性格までも褒めちぎった。顔が少々上気していて、はじめてY君をちょっとかわいいと思った。

「ほう、こんなふうにちょっとさがった感じで褒めることもあんねやー」と感心していると、「彼女は人間性も素晴らしい」とY君は付け加え、さらにこう言った。

 

「まあ、あんだけいい女なら、結婚してやってもいいな」

 

Y君の立ち位置は、たぶんもう「神」だったんだな。