さくしかにきけばよくね

短編小説(私小説、たまにフィクション)風にして日常をお届けしてます

恥ずかしすぎるオーシャン

恥ずかしすぎるオーシャン

知ったかぶり、それがトホホの始まりだった、の話。

 

だって、おだてるんだもん

一人飲みしていたら、まわりの人と仲良くなって、雑談に花が咲いた。楽しくて僕のピッチはいつもよりあがっていたと思う。やがて話題が映画の話になった。映画は大好きだ。かなりの本数を観てきたという自負もあった。しかし人様に語れるほど映画への知識や教養がないことも自覚している。なのに、酔ってたんだなあ。なけなしの、とっておきの知識を、酔った勢いでひけらかしたりなんかしてしまった。

「すごーい」誰かが言った。「博識だね」他の誰かも言った。「先生じゃない? あなたは映画の先生だよ!」 おだて、というイジリなのはわかっている。けど、おだてられるのは大好きだ。おだてられたいがためだけに生きてきたといってもいい。調子に乗った。今日はなんて気持ちのいい酒だろ。

僕を中心に映画話がまわるようになってきた。やばいな、と思う。僕に中身なんてたいしてないのだから。それとなく話題を変えようと目論んでいたところ、「オーシャンズとかってどう思います? 先生」隣の男が言った。

 

知ったかぶりの先生、トイレに消える

「ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、出演者だけはいろいろ豪華だったね」

知ってる映画でよかった。

「オーシャンズ11じゃなくて、フランス映画の」

「ああ、そっちね」まったく知らなかった。ただヒントは一つ出た。

「うん、まあ、よくもわるくもフランス映画だよね」

「映像すごいけど、製作費あれだけかければねえ」と隣の男。

「うーん、そうだよねえ、何百億だったかね、そりゃあ撮れるよね」

「70億ですよ、確か」

「あ、そうだった、意外とそうだった。映像と製作費と、まあ、どっこいどっこいと言えなくもないかも」

「撮影したフィルムが500時間近くあったみたいだから」

そんな時間かけた映画があるのか。感心しちゃうよ。隣の男の話は実に役にたつ。

「手間暇かけてね。監督の情熱がわかるねー」差し障りないこと吐いておく。

「TBSで放送したときの宮沢りえがよくなかったですか?」

宮沢りえが出てんの? 吹き替えをやったのかな。そうだろ、そうとしか考えられん。

「彼女もいい女優になったよねー。年齢がちゃんと演技の味になってる」

「あのときはナレーションでしたけどね」

ナレーションなんだ? まあ、宮沢りえがかかわってるくらいだから、きっと日本の有名な俳優や声優がたくさん吹き替え出演しているのだろう。そろそろ隣の男に対して、ちぃっとはまともな映画評論を返しておこうと思い、僕はとっておきのセリフを言うことにした。映画を少し批判するときにコレを言っとけばまず間違いない一言だ。

 

「まあ、この映画は、人間をまったく描けてないね!」

 

隣の男も、他の誰かも、みんなそろって怪訝な顔をした。

 

「そりゃまあ、人間は、出てないですから」隣の男が低い声で言った。

 

「そうだよねー」僕は小さくつぶやいて、手持無沙汰を装いながらトイレへ向かった。個室でオーシャンズを検索すると、世界中の海とそこに暮らす生命体を革新的な映像美で描く海洋ドキュメンタリーとあった。イルカやクジラやウミガメやカニなどしか出てこない。

閉店までトイレに居たい、と僕は思った。

 

オーシャンズ(吹替版)

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