あきちゃんとオカン
ある親子の電話での会話がきこえてきたら、というお話。
もしもし、あきちゃん?
少し早い来年の春季キャンプ打ち合わせのため、岡田は球団事務所へ向かっていた。駐車場に車を停め、歩きだしたときスマホが鳴った。
”なんやオカンからかいな” 独りごちて岡田は着信した。
「もしもし、あきちゃん? あんた元気かいな?」
「元気やけど、その呼び方やめてくれへん? わし、もう66歳やで。恥ずかしいわ」
「なんで? あきちゃんはいつまでたってもかわいいかわいいあきちゃんやないの」
「で、なに? どうしたん?」
「あんた、なんかえらい賞をもらったってきいたよぅ。おかあちゃん、あっちゃこっちゃで、あれ、あれ、あれ、あれ、言われてもうて、ちょっとかなわんかったんよ」
「流行語大賞のことか。野球に直接関係ないことは、わし、どうでもええねんけどな」
「おかあちゃんな、最近テレビも新聞もいんたーねっともあまりみいへんでしょう? ぜんぜん知らんかったから、もーうびっくりしたんよ。ご近所さんから、あれ、すごいねー、あれ、よかったねー、あれ、あれ、あれ、あれ、言われてね。下平さんちの康代さんが賞のこと教えてくれはって、やっと合点がいったんよ。あきちゃん、あんた、こういう大事なことは教えてくれとかんといかんよ」
「おーん」
「あら、またその口癖、相変わらずやね。ちっちゃいときからなんも変わっとらん」
「おーん、そらそうよ」
「あんたね、立派な賞とかもろたからって、まだまだ一流有名人とは言えんからね。ここんとこ、どこに行っても、よう聞かれるんよ。岡田彰布さんの彰布ってなんて読むんですか?って。あんた、あんま知られてないよ、まだまだやね」
「そんなん、どうでもええけど」
「おかあちゃんね、逆に問うてやるんよ、どう読むと思います?って。ほなね、だいたいがアキオとか言いよるね。でもこないだね、ショウブと読んだひとがおってん。勝負みたいでかっこええやんね。ただ、どんなふうに読まれてもね、そう、それ! 当たり! その通り!って言ってやってんだ、うふふ、楽しいでしょ」
「別に、岡田でええやんか」
「それやったら、ますだおかだに負けとるんやない? 絶対負けてるわ。きっと岡田結実ちゃんにもかなわんと思う。監督を付けたらね、岡田監督って言うてようやくなんとかなるくらいなんとちゃうの? 野球で二連覇三連覇してもっと有名にならんといけんな。来年もがんばりよ」
「わしが、どんでんとかいろいろニックネームで呼ばれてるの知らんやろ? 結構人気あんねんで、わし。ま、ええわ。わしの知名度とかほっといてくれ。で、なんか用があったんと違うんか?」
「あ、そうそう、えーっと、あれ、あれ、あれ? あれ、なんやったっけね、あれよ、あれ、ここまで出てるんやけど、あー、あれよ、あれ」
「なんや、あれ、あれ言うて。流行語大賞にひっかけて遊んでるんとちゃうやろな」
「そんなしょーもないことせんでしょ。いや、ほんと、あれよ、あれ、ほら」
「どれ? なに? わしも急いどるから、思い出してからまた電話くれてもええで」
「いや、いや、あれよ、あれ、そう! お歳暮! お歳暮のこと。あれ、ありがとう。めっちゃ美味しかったわー。お礼言うとかんと、と思ってん」
「なんや、そんなことかいな。ぜんぜん気にせんでええよ、あれ、球団が送っとるようだから」
「そうなん? あきちゃんが送ってくれたんじゃないの? 嫌やわ、ちょっとだけショックやわー。なんでパインアメのセットなのか聞こうと思ったのに。飴ちゃん大好きやから」
「下平さんちの康代さんに聞いたらきっと教えてくれると思うで」
「そうなん? そしたら後で電話してみよ。あと最後にもうひとつ教えてもらいたんやけど」
「なんね?」
「あれ、って何のことなの?」
「知らんのかい!!」ずっこける岡田。
「それも康代さんに聞いてもらえばええことやけど、特別にわしも答えちゃろ」
「おーん、おーん」岡田の口癖を真似るオカン。
「あれっていうのはな、そやな、お歳暮みたいなもんやな」
「あれは、お歳暮かいな」
「みんなに喜ばれるプレゼントって意味や。特に、あのあれは、監督のわしにとっても、選手にとっても、球団にとっても、ファンの皆様にとっても、とびきりのプレゼントやったから」
「どんくらいとびきりなん?」
「日本一のプレゼントやな」
「わぁー、あきちゃん、そりゃあんた、ええことしてもろうたねー」
「あきちゃん言うのは、もうやめれって」
「ほな、今日から、あれちゃんにしよか。おかあちゃん、あれちゃんをよろしくって言いながら心斎橋で飴ちゃん配ったるさかい。来年も優勝やな」
「・・・電話きるで」
了